2019年02月08日

喜多嶋舞

リアル光源氏か、と仰天した元光GENJI・大沢樹生と喜多嶋舞の実子騒動。光源氏の正妻が密通した相手の子どもを身ごもり、苦悩しながらも自分の子として引き受けた光源氏とその息子・薫に、大沢と息子を重ねてしまった

 さて、その息子・零次が22歳となり傷害事件で逮捕された。案の定、母親である喜多嶋を批判する声が多く上がっている。今回の件はかなり特殊な家庭事情があったが、子どもが犯罪に手を染める過程に、親からの愛情不足や不安定な家庭環境による影響はやはりあるのだろう。一方で、成人すれば本人の問題なのか、それともやはり親の責任なのかは、線引きが難しい。芸能人に限らず個々の家庭の事情や判断も絡むものであり、世論も分かれるところだろう。

 当の喜多嶋は、息子が成人したら再鑑定で身の潔白を証明したい、と引退時の取材で語っていた。それが自己弁護のためか親としての責任ゆえかは測りかねるところではある。しかし結局成人後に鑑定が行われたという報道はなく、先にニュースになったのは女性に暴行を加えた事件だった。今のところ喜多嶋も、親権を持っていたとされる祖父母も沈黙を守っている。芸能界を引退したのだから、コメントを発表する義理はない、という理屈だろう。もしかしたら、再鑑定などしたらまた息子が面白半分に取り沙汰されてしまう、という愛情ゆえの行動かもしれないけれども。

 しかしどんな理由があったにせよ、芸能人は子どもや身内が犯罪を起こした際、必ず謝罪をすべき、という空気があるものだ。人気商売であるからこそ、世間の反感を買わないよう、丸くおさめる初動が最優先になる。

 例えば今回の加害者と同じ年の時に強姦事件を起こした高畑裕太の母・高畑淳子は、仕事をキャンセルして涙ながらに謝罪会見を開いた。みのもんたは次男の逮捕に際し、「30で子どものいる男に親がどこまで責任を負えばいいのか」と言ったところ、世間からバッシングを受け、結局謝罪会見を開くことになったと記憶している。「親としては、もう力及ばずの心境」と言ったのは、40近い息子の4度目の逮捕に際しての三田佳子である。

 親の監督責任というものは、子どもの年齢で区切れるわけでもない。でも、いくつになっても何をやっても「親の育て方が悪い」「これだから芸能人の子育ては甘い」と、親に最初に矛先が行くのは本当に良いことなのか。親のせいにできる免罪符を一生持ち続けてられるならば、そりゃ三田佳子の息子しかり、反省や更生がしにくいのだろうな、と気の毒にさえ思う。

謝罪以上に問われる、親としての責任の取り方
 今回のケースで言うと、両親から暴力をふるわれていたと嘘をついたとか、大沢自身も育児中に手を焼いていたと語るなど、加害者自身の心の不安定さも前からあったようである。けれども本人がそうなってしまった理由は、母親の無責任さに帰するもの、という意見も多いことだろう。

 とはいえ喜多嶋は親権を放棄している。たとえ彼女が謝りに出てきたところで、スッキリするのは息子よりも世間だろうし、そもそもこれだけ世間を騒がせても雲隠れできる肝の太さを持つ彼女が、真っ当な謝罪をできるのかが疑わしい。それは息子の心の傷に、塩をさらに塗り込むことにならないだろうか。

 ちなみにかつて黒木瞳は、毎朝娘のお弁当を作り、親子3人でカラオケに出かけたりと、仲睦まじい様子をトーク番組で語っていたが、娘が名門校の同級生に対して暴行事件を起こしたという報道がなされたことがある。この件については刑事事件にならなかったし、黒木も全くコメントしていない。ただ、親がいかに良い親であろうと振る舞い、いかに良い教育を受けさせても、子どもが道を踏み外す時は踏み外すものだと思ったエピソードだった。

 喜多嶋をかばうつもりは全くないが、そう考えると形ばかりの謝罪が必要なのか疑問が残る。本当に子どもにとって助けになることが何なのかは、それぞれの家庭ごとに答えがあるだろう。それを果たすのが本当の親の責任ではないか。現時点で気になるのは、彼女の再婚相手との間にできた娘のことである。確かもう小学校高学年のはずだ。今回の事件に関するニュースくらい簡単にアクセスできるだろうし、母親の悪評含めて周囲の反応にも敏感になる年頃である。そういう環境下で育つ彼女の行く末もまたどうなることか。冒頭に挙げた源氏物語は、「親の因果が子に報い」というテーマもある。業の深い人生を歩む喜多嶋、世間に対してはどうであれ、子どもたちに対する落とし前だけはちゃんとつけてほしいなとただ願うばかりである。
ラベル:喜多嶋舞
posted by かーくん at 14:05| 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする