2021年08月19日

TWICE ジョンヨン

ガールズグループ「TWICE」のメンバー、ジョンヨンが健康上の理由で活動を中断する。

18日に所属事務所のJYPエンターテインメントは告知を通じて、「当分の間、今後の日程でジョンヨンは参加しない」と明らかにした。

以下、JYPエンターテインメントの公式立場全文

こんにちは。JYPエンターテインメントです。

「TWICE」のメンバー、ジョンヨンの健康状態に関連してご案内いたします。

ジョンヨンは現在、パニックや心理的な不安障害の症状に見舞われています。これまで日程を消化しながら回復のための措置を講じてきましたが、アーティストの健康は最も重要な問題であるだけに専門医療機関の所見を含め、多方面から検討した結果、より回復に専念できる時間を設けることが適切な措置であると判断されました。

これに本人およびメンバーたちと相談の上、当分の間、今後の日程でジョンヨンは参加しないことをご案内申し上げます。

ジョンヨンが十分な時間と余裕を持って回復できるよう、所属事務所としてさまざまな側面で最善の措置を講じるようにいたします。

ファンの皆さんの広いご理解をお願い申し上げ、ジョンヨンが無事に回復できるよう、一緒に心を集めてくださるよう願います。

ありがとうございます。
posted by かーくん at 08:20| 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月18日

雨上がり決死隊

「雨上がり決死隊」が解散することが17日に発表され、ABEMAそしてYouTubeで特別番組「アメトーーク!特別版 雨上がり決死隊解散報告会」が放送されました。

 司会席には宮迫博之さん、蛍原徹さんが座り、ゲストとして東野幸治さん、出川哲朗さん、ケンドーコバヤシさん、狩野英孝さん、「FUJIWARA」が登場しました。

 解散を切り出したのは蛍原さん。それは番組放送前の時点で、複数の関係者から確かな情報として聞いてはいました。では、蛍原さんがそう思うに至った理由は何だったのか。

 番組内で蛍原さんは解散のきっかけとして、宮迫さんのYouTubeというワードを挙げました。

 宮迫さんが自身のYouTubeチャンネルで最初の動画をアップしたのが2020年1月29日。宮迫さんと同じく“闇営業”問題で19年7月に会見を行った「ロンドンブーツ1号2号」の田村亮さんの復帰イベントが行われる前日でした。

 番組内で蛍原さんは、宮迫さんのYouTubeチャンネル開設を知ったのは事後報告だったと話していましたが、亮さんの復帰時期とYouTubeチャンネル開設の時期が重なり亮さんの邪魔をしているようにも見えること。そして、蛍原さんへの事前の相談がなかったこと。

 この二つは当時芸人さんの中でも大きな波紋を広げ、正直な話、そこで宮迫さんの周りの潮目が一気に変わった印象を受けました。なので、今回の番組の中で蛍原さんがYouTube立ち上げの際の話をした時には妙に合点がいきました。

 そして、当時、僕が取材の中で聞いていた宮迫さんの復帰ロードはYouTube以外にもう一つありました。それが蛍原さんと「雨上がり決死隊」として全国をお詫び行脚的にまわるライブツアーでした。

 当初は蛍原さんも前向きに考え、具体的に話が進みつつあったとも聞きましたが、結局、ライブツアーが行われることはなかった。一方、YouTubeの方はどんどん拡大し、ユーチューバー・宮迫博之としての存在感が大きくなっていきました。

 僕が知る限り、古くから宮迫さんを知る芸人さんたちが宮迫さんを語る時のワードは二つに集約されます。

 “カッコいい”と“カッコつけ”です。

 後輩や周囲の人から何かを頼まれた時に宮迫さんの答えは常に一択。「OK!やろう!」。後輩らの頼みごとを断ることは宮迫さんにとって“カッコ悪い”こと。だから、すぐさま「OK」と答える。

 そのサマはもちろんカッコいいものでもあるけれども、客観的に見ると「それはやめておいた方がいい」だとか「そこはうまいこと言って流しておきましょう」ということにも「OK」を出してしまう。

 コンビでの全国ツアーというプランもあった中、実際にはYouTubeの世界に幅広く傾倒していった。もしくは、傾倒していっているように見えた。そのあたりに、蛍原さんが心を決めるポイントがあったのではないか。そう思えてなりません。

 また、この日の番組終盤で藤本敏史さんが涙ながらに「こんな、解散までせなアカンことなんですかね…」と胸の内を吐露していました。確かに、コンビにとって屋号をなくすというのはとんでもなく大きなことです。

 相方というのは兄弟でもない、友だちでもない、配偶者でもない、単なるビジネスパートナーでもない。相方という唯一無二の存在である。それはあらゆる芸人さんが異口同音に語ることです。

 そして、コンビというのは実家であり、本業であり、幹であり、根っこでもあります。そこをなくすと、根無し草になってしまう。

 実家がなくなってしまうというメンタル面の寂しさだけではなく、芸能人という不安定な職業において本業がなくなってしまうのは実にリスクの高いことです。

 活動実態がなくとも、事務所が別々になっても、コンビ解散はしていない。そんなコンビはたくさんあります。「ツービート」も「B&B」も「TKO」も「浅草キッド」も解散はしていません。

 それぞれに事情や状況は違いますが、先述したような“根っこへの思い”が解散をさせないという作用は少なからずあると思います。

 そんなことを蛍原さんが思わないわけがありません。コンビの屋号を失うことの大きさ、悲しさ、そして、マイナスを分からないわけがありません。

 それでも、そちらを選ぶ。戻る家がなくってもいいから実家を解体する。強い意志と覚悟がなければ、こんな選択肢は選べません。

 今回の解散を機に、改めて、二人と同期の芸人さんに「雨上がり決死隊」のコンビ名の由来を尋ねてみました。

 「デビューしたての頃に同期でやった舞台があり、そこで主演をしたのが宮迫。様々な葛藤を抱えた主人公がラストの夜のシーンで、雨が上がった空を見て心が晴れ、覚悟を決めて一歩を踏み出す。そんな内容の芝居のタイトルが忌野清志郎さんの名曲をモチーフにしたもので、その作品への思い入れが強かった二人が公演名からコンビ名をつけたんです」

 若き日の迸る思いが詰まったきらめきをそのまま屋号にした二人。しかし、今回でそれを手放すことになりました。

 期せずして、手放した日は雨空になりました。それだけの思いを込めたものを手放す決断をした二人。この先も続く空が、ここから晴れやかなものになることを願うばかりです。

posted by かーくん at 08:39| 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月17日

だいたひかる

がんになってから、命に限りがあることを重々感じた――。だいたひかるさん(46)は、不妊治療中に乳がんが発覚し、全摘手術を経てまさかの再発。もうわが子は望めない、と一時は絶望した。そんなさなかで、支えたのは夫の小泉貴之さん(44)だった。年齢という現実と、がん治療中断のリスク。けれど、2人は、命を懸けて最後の受精卵に賭けると決めた。

そんな2人に奇跡が起きた。取材当時、妊娠14週目。3人目の家族は、来年誕生する予定だ。

今年の5月、体外受精で妊娠したことをブログで公開。だいたさんは45歳で、“超高齢出産”といわれる年齢になっていた。

「ここまで来るのに、手こずりまくりでした。今日はブログに書ききれなかったことも、お話ししますね」

■「不妊治療当時、自分は彼女への配慮が足りなかった」

だいたさんが38歳、小泉さんが36歳のときのゴールインだった。だいたさんの年齢のこともあり、結婚してすぐに子どもを作ろうと、仕事をセーブして妊活に励んだ。翌年には婦人科へ行き、排卵日にタイミングを合わせる方法で1度目で妊娠できた。しかし、超初期での流産が続いてしまう。

「当時の自分を思い返すと、すごく甘く考えていたし、彼女への配慮が足りなかったなと思います。仕事が忙しいということもありましたけど、もっと夫婦で話し合って、妻に寄り添う形をとるべきだったなと、今は特に思いますね」

申し訳なさそうに話す小泉さんに、「夫婦関係、あのころがいちばんピリついてたよね。確かに私はカリカリしてたと思う」とだいたさんは懐かしそうに答える。

人工授精を8回繰り返すが着床せず、体外受精専門のクリニックへ。だいたさんは40歳目前。長時間並ぶ必要があるほどに患者が多く、時間をやりくりして通った。

しかし、最新医療の力を借りても妊娠しない。手を尽くしてもかなわないことがあると、2人は痛感させられたという。そして湧き上がってくる、後悔の気持ち……。

「年齢って怖いなって思いました。人工授精とかすっ飛ばして、体外受精をやるべきだったと、すごく後悔しました。専門のクリニックだと、39歳11カ月とか、月齢までカルテに書かれます。タイムリミットまであと何カ月? って焦りました」

そのうえ、採卵、移植は、1回で約30万円かかる高額な治療だ。リミットへの不安に追い打ちをかけるように、費用面も大きな負担となっていった。

凍結している受精卵はこの時点でたった1つだけ。

「受精卵の評価があるんですが、かなりよいグレードだと言われていました。次は採卵じゃなくてその受精卵を移植しよう! ってなったんです」

ところが、移植する当日に不正出血があり、中止になってしまったのだ。

「当時は不妊治療の日程に合わせて生活してました。移植がなくなり、急に暇になったので、乳がん検診に行ったんですね。そこで右胸にがんが見つかりました」

急転直下、病気に翻弄される生活が始まった。結果は悪性。全摘も視野に入れるという診断だった。

ぼうぜんとするだいたさんの顔を「見られなかった」と小泉さん。再発リスクを減らすため、2人は、右胸全摘手術を決めた。その一方で、不妊治療がやはり気になる。

絶対に、あきらめたくない。小泉さんは、がん治療の前にもう一回採卵して受精卵を凍結しようと提案するのだ。

「私、がんになってから不妊治療してる人がキラキラして見えて、ああもうあのステージに立てないんだな。って思ったことが本当につらかったんです」とだいたさん。

もう一つ、凍結できればと希望をつなげたが、採卵は失敗に終わった。空胞……針を刺したが、卵子が取れなかったのだ。

「地獄に際限ないなと思いました。空胞って言葉のとおり、私、空っぽだって感じました。いちばん涙が出ましたね。あ、もうここで不妊治療は強制終了なんだと」

わが子が欲しいという思いと、母体の命。せめぎ合うなかで、2人は覚悟を決めた
不妊治療への未練を残したままの2人に、全摘手術後も残酷な診断が待っていた。リンパ節に転移していたため、脇の下を切除し、45mmの塊を取り出した。抗がん剤治療も必要になると医師に告げられたのだ。

さらに3年後、19年にまたも右胸に乳がんが再発。4mm大の腫瘍を日帰り手術で切除し、放射線治療を25回受けた。全摘後の再発は1割未満といわれている珍しいケースだ。

当時の取材で、小泉さんは記者に「目標は不妊治療の再開」と話していた。対するだいたさんは、「何言っちゃってるのかな?」と思っていたそう。

「2人でまだそういう話をしていなかったんですよ。再発してるのに危なくない? 死んじゃうかもよ? って取材中に思っていました。でも、私ががんや不妊治療の不安で頭がごちゃごちゃしていたときに、彼に道を舗装してもらったような気がしました。悪いものができたら取る。その後なら不妊治療に戻れるかもしれないと」

常に「次の手を打つ準備を」の心構えでいた小泉さんの支えもあり、再発後にはたいていのことなら乗り越える力がついていた。

「イボ取るようなものかなって。まあそういう気持ちになれました」と言う妻に、「歯石取るようなもんだよ」と夫。

理想は女性ホルモンを抑えるがん治療をあと3年続けることなのだが、45歳を迎えてすぐ、だいたさんは決意した。

「私の乳がんが遺伝性かどうか調べる検査を勧められたんです。もし遺伝性だったら、卵巣でもがんが再発する恐れがある。でも結果、私は遺伝性じゃなかった。それならまたチャレンジしたいと思ったんです」 がんの治療を中断し、不妊治療を再開することにしたのだ。

小泉さんは、少し眉間にしわを寄せて「実は複雑な心境だった」と話す。大事なのは、妻の命。

「もし結果がよくなかったら、2人でいるだけで楽しいから、それでいいじゃんっていうふうに持っていこうとしていました」

だいたさんが乳がんになってから5年、2人だけでも僕は幸せだと、伝えられていた「自信がある」。がんの再発のことは頭から離れず、葛藤はあるが子どもは欲しい。悩んだ揚げ句、これが最後と割り切り、腹をくくったのだ。

「自分ががんになって、夫には申し訳ないという気持ちがあります。だけどがんになってから、命に限りがあることを重々感じたので、人生やり残したことがないようにしたいという思いが大きかったですね。凍結した受精卵の保存について、年に1回、更新手続きがあるんですが、その日だけ親になった気持ちになっていました。あのままだと70、80歳になっても凍結していて、絶対に後悔すると思ったんですよね」

だいたさんは移植に向けて、半年かけて体調を整えた。小泉さんも全力でサポートした。

移植後、1週間で結果が出る。夫婦でクリニックに聞きに行ったが、だいたさんは緊張して医師の顔を見られなかった。妊娠してる? それとも……?

判定結果は陽性。2人はそろって「お〜!」と歓喜の声を上げた。当日の状況そのままに、小泉さんは片手を高らかに上げて「お〜!」と再現してくれる。その瞬間のうれしさと驚き、感動が伝わってくる。

「僕は夢みたいだと思いました。妻はボ〜ッとしていましたね」

「第1段階を突破できたんだ! と思いました。うれしいですけどやっぱり流産など次の不安のほうが大きくて……。でも昔に比べて私は体が温かく感じるし、なんだかいけそうだなっていうことが多かったんですよね。すごくよい状態かもしれないって」

珍しく目を潤ませるだいたさんに、全身からハッピーオーラを放つ小泉さん。

不妊治療では、“43歳以上が12週の壁を越えるのは奇跡”という通説があるが、現在14週。つわりが落ち着き、胎児の健康を気遣って細心の注意を払って毎日を過ごしている。

長い闘いの末、ようやく実感が湧いてきた2人がほほ笑んでいた――。
ラベル:だいたひかる
posted by かーくん at 08:50| 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする