2021年04月27日

紗栄子

「『人のお金で生活している』というイメージで見られることに長年苦しみました。でも、自分の美徳として『それは違うんだよ』と声を大にして言う選択肢はなかった」
支援活動をすれば「偽善」「売名」とたたかれ、何げない朝食の献立をSNSにアップしただけで「養育費のおかげ」と容赦ない言葉を浴びせられる。本来、人は多面的であるが、勝手に解釈された一面の印象だけで、紗栄子は語られてきた。彼女はバッシングをどう受け止め、現在まで歩んできたのか。

生活のため、花開いた商才

「私って何者かよくわからないですよね。本当は一つの言葉で説明できたほうがいいと思います。モデル、タレント、経営者……全て間違っていない。でも、私の中ではどれもしっくりこない。一つのことを極めているわけじゃないから、肩書として言い切るには申し訳なさを感じてしまう。とはいえ、いずれも私にとっては必要な仕事なんですよね」

14歳の時から芸能活動を始め、中学卒業と同時に宮崎から上京。16歳の2003年から『学校へ行こう!』(TBS系)のレギュラーとなり、特異なキャラクターで脚光を浴びた。翌年にはNHK連続テレビ小説『天花』、翌々年にはドラマ『ドラゴン桜』(TBS系)に出演。芸能人としての階段を駆け上がっていた時期から、洋服のプロデュースや販売も手掛けていた。

「最初の頃のお給料はもちろん安いですし、衣装は自前。バイトする暇もなく働いていたのに時給換算してしまうと信じられない額になるくらい(笑)。生活に全然余裕がありませんでした。でも親に啖呵(たんか)きって東京に出てきた手前、帰れない。17歳の頃、『JUNON』で私の着た洋服が売れたと当時の出版社の方に聞いたんです。その時、自分でプロデュースしようと思った。製造会社にイメージなどを伝えて作ってもらい、雑誌の衣装クレジットの横に自宅の電話番号を載せて、通信販売を始めた。そしたら、随分と生活が楽になったんです」

当初は紗栄子が電話応対をしていたが、特徴的な声質のため、本人だとバレてしまう。途中から大学生の兄の友達にもアルバイトで手伝ってもらい、彼らとともに梱包、検品、発送もした。

「芸能や広告案件のお仕事だけだと、タレントとして表には出ますけど、当然物流の動きはわからないし、知らせてもらえない。でも、自分が制作に関わったことで、全体の流れが見えたし、すごく楽しかった。私の得意分野なんだなと思いました」

ビジネスの才覚は、幼少期に養われていた。化粧品やアパレルの店を経営する父や従業員と接し、もの作りのプロセスを自然と吸収していた。

「共働きで家に帰っても誰もいないので、小学校が終わると父の会社に行っていました。商談中、父は『どっちがいいと思う?』と意見を求めてくれる。自分なりに一生懸命考えて、答えを出す。結果的に、私の選択したほうに決まればうれしいし、自信にもつながる。あの経験はすごく大きかったですね。当時、父はオーダーメイドの洋服屋さんを手掛けていたので、2階の部屋で縫い子さんと一緒に縫い物をすることもあった。大量生産が主流になると閉店しました。時代の流れとともに、事業の形が変わっていく様子も見てきました」

一人で子どもを育て上げたい

芸能活動、アパレル販売の二足のわらじを履き、順調な活動を続けていた2007年、20歳でスポーツ選手と電撃結婚。翌年には長男、その2年後には次男を授かったが、婚姻関係には4年強でピリオドを打った。

「25歳の時に離婚することになって、金銭的にも精神的にも自分一人で子どもを育て上げたいと思いました。女優業は拘束時間が長いので、出産後はあきらめざるを得なかった。子育てと両立できる雑誌のモデル活動を中心に、自分のプロデュースする洋服なども販売していきました。芸能の仕事って、応援してもらって初めて成立する。私を支持してくださる方がいたから、生きてこられた。本当に感謝しています」

支援の動機は「いま飛び込まないと、一生後悔する」

2019年台風15号の際に集まった支援物資。自ら千葉県鋸南町に届けた(紗栄子オフィシャルインスタグラムより)
事業を成功させる傍らで、支援活動も続けてきた。2010年4月、宮崎で家畜伝染病の口蹄疫が発生し、畜産農家は大ダメージを受けた。地元の窮状を見兼ねた紗栄子は新聞社に直接出向き、義援金を手渡した。2016年4月の熊本地震では寄付に加え、継続的に炊き出しを行い、養護施設も訪ねた。一昨年には台風15号の被害に遭った千葉への支援をインスタグラムなどで呼び掛け、2日で4トントラック15台分の物資が集まった。紗栄子の行動には賛同者が年々増え、確実に支援の輪が広がっている。

「最初は物資を届ける際、自治体や企業とのやり取りも全部一人でやっていました。お客様窓口に電話をかけて、そこからつないでもらっていましたね(笑)。ただ、個人だと受け入れてくれない自治体もあったので、一般社団法人Think The DAYを設立しました。最近は、有事に備えて防災セットも作ったんですよ。支援活動は、皆さんにつけていただいた自信や影響力に対する私なりの恩返しなんです。」

昨年8月からは栃木県で「NASU FARM VILLAGE」を運営。東京ドーム11個分の広大な敷地で、19頭の馬、従業員10名と共に、住民票も大田原市に移し、牧場の運営ビジネスを始めた。

「自分が運営に乗り出さないと、馬が殺処分されてしまうかもしれなかった。働いていらっしゃる方の雇用がなくなってしまう可能性もあった。理由は、この二つだけです。いま飛び込まないと、一生後悔すると思ったんです。無知だからあきらめるのではなく、一生懸命頑張ってみようと。まず、毎朝の草むしりをしたり、ブルーベリーを摘んだり、ときにはトラクターの運転をしたり、皆と同じ生活をしました。そうして初めて、仲間(従業員)の気持ちが少しでもわかると思ったから」

媒体を介さなくても生きていけるようになった

己の商才と行動力で道を切り開いてきたが、離婚前後の週刊誌やワイドショーの報道が独り歩きし、イメージは悪かった。この10年、紗栄子が行動を起こすたび、ネット上では「偽善」「売名」「養育費」などの言葉が飛び交った。現在、社会問題化しているSNSでの誹謗中傷を最も受けた人物のひとり、と言っても過言ではない。

「匿名のSNSやコメントでの発信に対して、誰もが責任を持ってほしいなと思います。一人の何げない発信で、傷つく人がいる。命を落とす人がいる。ゲームと違って、人は生き返らない。誰かに何か言われるという怖さで躊躇して、チャンスを逃している人もたくさんいるはずです。逆に言えば、いまは一人ひとりが影響力を持っているので、良い方向に使えばいいと思います」

ネットに苦しめられる一方で、ネットに救われた面もあった。2010年代に入って以降、SNSが急激に発達。従来のブログに加え、インスタグラムも活用し、ファンとの良好な関係を築いた。

「応援してくださる方とダイレクトにつながれるようになった。媒体を介さなくても生きていけるようになったから、必要以上にメディアに出なくてもよくなりました。以前はテレビでの発言がネット上で曲解されて、傷つくこともあったし、なにせ子どもたちを守らなきゃいけなかった。だから、できるだけ自分が注目されることは避けたかった。わざわざ傷つけられるリスクを背負いながら、イメージコントロールできない場所に飛び込まなくていいと考えていました」

牧場運営の成功や支援活動の拡大などの夢を実現するため、影響力を持ち続けたいと語る紗栄子。SNSはファンと積極的な交流を図れるが、新規開拓には向いていない。今後、メディアとの関係にどう折り合いをつけていくのか。

「私の弱点ですね。不特定多数の人に自分の活動を理解してもらうためには、わかりやすくいえば、もっとマスメディアに出たほうがいい。以前ほど理不尽な発信をされなくなったし、支援活動に協力してくださる方や、現場で直接触れ合った方々のおかげで、何を書かれても揺るがない気持ちを持てるようになった。そして誰に何と言われようと、10年以上続けていることが自信につながっている。やっと、マスメディアとも向き合えるタイミングがきたなって。一人でも多くの方に自分の活動を知ってもらうために、アプローチの仕方も変えていかなきゃいけないと思っています」

バッシングを乗り越え、新境地を開拓した紗栄子は、自身のYouTubeで「今どのくらい幸せ?」という質問に「120%」と回答している。

「意識して言っている部分もありますよ。同じ事柄でも、ポジティブな面とネガティブな面があるじゃないですか。それなら、ポジティブに捉えていきたい。自己肯定をすることも大事。それが、心ない言葉から自分を守る一つの術(すべ)だと思う。『今日遅刻しなかった!』とか(笑)。小さなことでいい。何よりの社会貢献は、ハッピーな気持ちで過ごすことだと思うんですよ。やっぱり、自分が幸せじゃないと隣の人の幸せなんて願えないから」

芸能人ほどイメージに翻弄される職種もない。しかし、紗栄子は大声を張り上げて誤解を解こうとはしなかった。地道な活動を続けると、徐々に人々の反応が変化していった。他人の無責任な評価に意味はない。これからも、堂々と自分の信じた道を突き進む――。
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紗栄子(さえこ)
1986年11月16日(33歳)宮崎県出身。14歳で芸能界デビューし、モデルやタレント、女優として活躍。10代の頃から商品開発に携わり、アパレルやコスメを中心にさまざまな商品プロデュースを手掛ける。2010年より支援活動を始め、2019年10月に一般社団法人Think The DAYを設立。2020年8月に拠点を栃木県大田原市に移し、NASU FARM VILLAGEの運営にも参画
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2021年04月26日

加藤ローサ

結婚・出産を機に芸能活動をセーブしていた女優の加藤ローサ。10年ぶりの地上波ドラマ出演となるよるドラ『きれいのくに』(NHK総合/毎週月曜22時45分)では、なんとも説明の難しい役どころに挑戦中だ。今年デビュー20周年を迎える彼女に、「一番好きなお仕事」というドラマの現場に復帰するにあたっての思いや、結婚・子育てを経ての心境の変化など、35歳等身大の思いを聞いたそうです


◆“みんなが加藤ローサの顔”役にプレッシャー

 気鋭の劇作家・加藤拓也が脚本を務める『きれいのくに』は、ほとんどの大人が“同じ顔”をした不条理な国を舞台に、高校生の悩み、恋愛、容姿へのコンプレックスなどを描く青春ダークファンタジー。劇中では、街をゆく多くの大人が男性はみんな“稲垣吾郎”、女性はみんな“加藤ローサ”の顔をしている世の中で、加藤は母親、教師、キャスターなど何役も演じる。リアルな演技とAI技術を駆使し、通行人から、街中にある広告、選挙ポスター、指名手配犯まで加藤の顔がいたるところにあふれる世界が展開される。

 久しぶりのドラマが不思議な世界観の難役となったが、「こんな大役がやってくるとは思わなかったのでびっくりしましたが、二度とないかもしれないありがたいお話で夢みたい」と出演を即答したという。物語の設定を聞き、「最初は、演技はなくて顔だけ貸してくださいということかと思った」そうだが、“みんなが憧れる顔”という役どころに「私で大丈夫?って心配もありました(笑)。男性の代表が稲垣吾郎さんということもプレッシャーで」と笑う。演じる役は10近くにのぼるが、「脚本の加藤さんが、台本に描かれていないキャラクターやバックボーンのヒントをたくさんくださったので、すんなり入ることができました」と振り返る。

 現場では、稲垣吾郎や、息子・誠也役の青木柚とのシーンが多かった。「吾郎さんは温かくて穏やかな雰囲気を持っている方で、自然と緊張がほぐれていきました。柚くんも、私にも実際に子どもがいるので、お母さん目線で見ちゃうというか、かわいくて、おばちゃんのようにいっぱい話しかけちゃいましたね」とリラックスして撮影に臨めたようだ。

 「出ている私でさえも、どんなドラマに仕上がっているのか期待がいっぱい。皆さんにも不思議な感覚に陥っていただければ。“不思議〜!”という感想で正解だと思うので、みんなで不思議な世界に行きましょう」。

◆“ハーフ”であることにコンプレックスを感じた青春時代

 本作では、容姿にまつわるコンプレックスや恋愛など、高校生の等身大の悩みが描かれる。高校時代を振り返ってもらうと、「若者はどんな世界でも悩みを抱える生き物ですよね。私も今思うとくだらない悩みだと思うんですけど、なぜかほぼ毎日悩んでいました。中身は大人なのに、年齢がまだ大人じゃないというむしゃくしゃする感じを抱えて、悩ましくて、もどかしい時期で…」。

 加藤自身も青春時代にはコンプレックスを抱えていた。「今でこそ普通ですけど、自分がハーフだってことがコンプレックスでした。授業で“イタリア”って出てきたときに『ローサさんの母国ですね』って言われるのがすごく嫌だったんですよ。“こんなに心は日本人なのに母国でも何でもないよ”って。年度始めに担任の先生が変わって家庭訪問があると、一切言わないでくれってお願いしていました。名前もローサなのであんまり隠しようがないのですけど、同級生や周囲にも隠していて。『違うよ。日本人だよ』って、めっちゃ嘘ついて…」と述懐。

 「高校生になってこのお仕事を始めたときに、雑誌業界ではハーフモデルブームが来ていたんです。その波に乗って誌面に出られた時に、それまで必死に否定していたのですが、それを個性と捉えてもらえて。特別視もしてこないし、根掘り葉掘り聞かれたりもしない。“そんなに拒絶してこなくてよかったんだ。この世界に入れたのもハーフだからなんだ”とすーっと受け入れることができました」。

今年デビュー20周年を迎えるが、「え!そうなの!? 今初めて知りました(笑)」との反応。「めちゃめちゃラッキーで周りの方に支えられた20年でした」と率直な感想が返ってきた。ターニングポイントも「めちゃめちゃたくさんある」そうだ。「まずは事務所に入ったこと。志村けんさんの花嫁を探そうというコンテストに応募してグランプリをいただいたのですが、その様子を見た事務所の方に連絡をいただきデビューすることができました。

 『ゼクシィ』のCMもターニングポイントでしたね。雑誌の撮影の合間にオーディションを受けたのですが、白い胸元のあいた服という指定があったのに、うっかり忘れて黒いタートルで行っちゃって(笑)。制作会社の方が走って買いに行ってくださった服を着てオーディションを受けたところ、合格できたんです。ラッキーですよね…。いまだにその時の服はとってあります。捨てられないです」。

 その後、女優デビューも果たし忙しい毎日を過ごしたが「あのころは毎日消化するのに精いっぱいでした。恵まれすぎちゃって1つ1つを大事にしていなかったわけじゃないですが、大事にする余裕がなかったです。結婚・出産で休んだ時期を経て、お仕事をやるかやらないか自分で判断して過ごす今の環境はすごく幸せ」と語る。

◆仕事にも意欲「家庭内の序列を上げていきたい(笑)」

 今回10年ぶりの地上波ドラマ出演となるが、今後の活動についてはどう考えているのだろう?「ドラマの現場は一番好きなお仕事なので細々とでも続けていけたら。10年間家族をサポートするほうでやってきたので、“自分の人生”じゃないですけどこれからはシフトチェンジで。家族をサポートするのも私の人生なんですけどね」と思いを明かす。

 「『ママがやればいいじゃん。俺たちの世話をするのは当然でしょ』みたいな、家庭内の序列が低いのを変えていかないと(笑)。私も社会に出て、“君たちの世話以外にも必要とされているんだぞ!”と子どもたちや夫にアピールして、“最強だね、お母さん!”みたいになっていきたいです。今回の出演を子どもも喜んでくれていて、応援してくれています。私のおなかを触って『こんなぷっくりしてたらドラマとか出ちゃいけないと思う』って言ったりするんです(笑)。気を引き締めてやらなくちゃ」。

 家庭と仕事のバランスが取れ、自分で考えたペースで日々の生活に臨める現在のスタイルが合っていると笑顔を見せる加藤。内面の充実が輝きとなり、女優として女性としてますます魅力的になっていく彼女の活躍から目が離せなさそうだ。(取材・文:編集部)

 よるドラ『きれいのくに』は、NHK総合にて毎週月曜22時45分放送。
ラベル:加藤ローサ
posted by かーくん at 08:36| 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

井岡一翔

昨年12月31日に行われた「史上最高の日本人対決」で、最強の挑戦者・田中恒成(25)を相手に8回TKO勝利を収め、WBO世界スーパーフライ級チャンピオンの座を防衛した井岡一翔(32)。その後、左腕に入れたタトゥーが問題視され、日本ボクシングコミッション(JBC)から厳重注意処分を受けたことも記憶に新しい。実は、この試合を巡り、日本人初の「世界4階級制覇王者」にある“疑惑”が浮上しているようです

 JBC関係者によると、

「昨年大晦日の世界タイトルマッチに際して、井岡と田中は試合前にドーピング検査を受けています。JBCによる世界戦のドーピング検査は1990年代以降、20年近く行われてきましたが、これまで“陽性反応”は一度も出ていません。それだけに、試合後に判明した簡易検査の結果は衝撃的でした……。採取した井岡の尿検体から“マリファナ”の成分の陽性反応が出たのです」

 事態を重く見たJBCは、より専門性の高い検査機関に再鑑定を依頼。すると、

「今度はマリファナとは別の3つの成分が検出された。もちろん、これらの成分が出たからといって、直ちに井岡が違法薬物を摂取していたとは言えません。問題は、最初の検査で陽性反応が出たマリファナ、そして、二度目の検査で検出された3つの成分が、いずれも世界ドーピング防止機構(WADA)が競技会時の使用を禁じている物質であること。JBCとしても、対応を迫られる事態になっているのです」(同・関係者)

 ボクシング業界に詳しいジャーナリストによれば、日本人選手がドーピング違反で処分されたのには前例がある。

「2017年12月に、米・ラスベガスでの世界戦に勝利した尾川堅一のケースです。この試合の後、ネバダ州のアスレチック・コミッションによるドーピング検査の結果が判明し、尾川の尿から筋肉増強効果があるテストステロンが検出された。アスレチック・コミッションは尾川に6ヵ月間の出場停止処分を言い渡し、試合も無効となりました。日本人選手が世界戦でドーピング違反となったのは史上初。この件を受けて、JBCも尾川に対し、プロボクサーライセンスの1年間停止という、より厳しい処分を下しています」

 井岡の検体からマリファナの成分が検出されたことから、JBCは警視庁にも相談を持ち掛けており、実際に井岡は警視庁から聞き取りを受けているという。

井岡の弁護士は、週刊新潮の取材に以下のように回答している。

《警視庁(本庁)から井岡に連絡があり、知りうる事実を回答しております》

《警視庁からは4月上旬、ドーピング検査の検体から大麻成分が検出されたと伝えられました》

 その上で、《警視庁から、捜査は終了した、との報告を数日後に受けており》、《井岡に対する嫌疑は既に晴れております》と結ぶ。

 一方、ドーピング疑惑を含め、JBCは現在も対応を協議している。井岡が厳しい処分の対象となる可能性は残る。

 4月28日発売の週刊新潮では、この疑惑について、証拠資料と併せてさらに詳しく報じる。

「週刊新潮」2021年5月6・13日GW合併号 掲載
ラベル:井岡一翔
posted by かーくん at 08:33| 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする